元公務員の生き直しブログ

パニック障害、鬱で公務員を退職した龍太郎がお伝えする満たされた人生の歩き方ブログです。「生きる」って何なの?「人生」って何の意味があるの?など、龍太郎の探求ストーリーをお楽しみください。

無能な世界

そもそも、公務員はやりたい仕事ではなかった。

 

 


親の望んだ仕事だった。

 

 

 

そこから自分の内側にあるものとの整合性が取れない人生がスタートしていたんです。

 

 


 

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自分の本当を直視しないで生きていた。

 


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大学をなんとか5年で卒業し、

さて、就職どうしょう…

 


まあ、ほとんどの皆さんが通る道でしょう。

 


時は1992年。

 


まだインターネットもスマホも無い。

 


一部の業界をのぞいてまだまだ昭和のアナログ社会だった時代。

 

 

 

 

 

 

 


とある分野意外にやりたいことは無かった。

 


その分野はマネタイズが難しく食べていける確率は極めて低いと思われた。

 

 

 

 


アルバイトしながらその分野で食べていけるように修行するしかないかな…

 


と、考えていた。

 


フルタイムで働く一般企業に就職する気はなかった。

 

 

 

 


のらりくらりと大学5年目を過ごし、

なんとか卒業。

 


ん?

おれ、なんで大学行ったんやろ?

 


時間稼ぎでしかなかった気がする。

 

 

 

自分で食う手段探さないとな…

ぼんやりと考えていると、親のすすめで公務員試験を受けることになる。

 

 

 

 


もし、引っかかったらまだ時間稼ぎできる。

 


だめもとで3つの公務員試験を受けた。

 

 

 

市役所2つ、一部事務組合1つ。

一部事務組合に合格した。

 


はじめはこんかもんなんだなぁと感じながら働いた。

 

 

 

 


まだまだバブルの匂いが残る時代。

 


無能丸出しの組織だった。

 

 

 

そして、自分もその無能な世界へどっぷり浸かることになろうとは、この時は全く予想していたなかった…

 

 

 

つづく、、、、

 

 

 

なぜそんな重度のぎっくり腰になったのか?

重度のぎっくり腰で3週間仕事を休むはめになったお話しの続き。。。

 

 


なぜ、こんな重度のぎっくり腰をやってしまったのか?

 

 

 

肉体的なことで言えば、

身体中ガチガチに凝り固まっていて、常に血流が悪い状態で日々を生きていたということです。

 

 

 

慢性的な肩こり、首こりの悩みは10年くらい抱えていました。

 


整骨院にも定期的に通ってマッサージしてもらってなんとか日常が過ごせるような状態です。

 

 

 

 


これは、パニック障害、鬱を発症してから、少しづつわかっていったことなのですが、何年もの間、強い慢性的なストレスを抱えて身体が常に緊張状態だったということなんです。

 

 

 

整骨院でマッサージしてもらってもその時少し楽になるだけで、2〜3日後にはまたもとに戻っているということの繰り返し。

 

 

 

パニック障害、鬱を発症して半年くらい経った頃に高校の同級生がやっているとある背骨を整える施術を受けに行きました。

 


その同級生は僕の身体を触って、

『お前、めちゃくちゃ辛かったんやな』って。

 

 

 

身体の固まり具合なのかなんなのかわからないですが、少し触っただけでそう言いました。

 

 

 

背骨もかなり歪んでいるし、

背中の筋肉も微動だにしない状態だから内蔵の働きも悪いぞって。

 


そう、

つまり、自分の精神状態が身体をそうさせていたんです。

 


毎日毎日、自分に降りかかるストレス。

 


帰宅して、アルコールで誤魔化す毎日。

 

 

 

【行きたくないが行かないと仕方ない…お金のためだから。】

 

 

 

【家族を路頭に迷わせるわけにはいかない】

 

 

 

嫌なことを何十年も続けた結果、

僕の心と身体は徐々に蝕まれていったんです。

 

 

 

そして、一番悪いのが、

【そのことを自分が気づいていなかった】

ということ。

 

 

 

社会で金を稼ぐということは、

ストレスがあって当たり前。

 


誰だってストレスを抱えて生きているんだ。

 


そんなストレスに負ける自分ではないはずだ!

 


負けたら人生終わりだ!!

 


etc…

 


っていう思い込み。

 


そもそも、公務員はやりたい仕事ではなかった。

 


親の望んだ仕事だった。

 

 

 

そこから自分の内側にあるものとの整合性が取れない人生がスタートしていたんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


次回は、

自分の内面を直視しなかった生き方に気づくお話しです。

 

 

 

パニック障害発症の予兆

予兆はこんな始まりでした。

 

 

 

 


公務員時代、ストレス解消と体重管理のため休日はもっぱら自転車で10Kmから20Km走ることにしていました。

 


その日も朝からひっと走りしようとTシャツ、短パンに着替えスニーカーを履いてさあ出発!!と上半身を少しひねって玄関の姿見をちらっと見た瞬間、、、

 

 

 

 


体内から「ぱちん」という音が聞こえてその場から動けなくなりました。

 


初めはお腹が痛いという感覚だったのですが数秒後、腰をやってしまったことに気づきました。

 

 

 

 


脚を前に出して動こうとしてのですが、腰の激しい痛みで全く動けませんでした。

 

 

 

 


大声で家族を呼んで動けないことを伝え、近所から車椅子を借りてきてもらってそのまま整骨院へ直行。

 

 

 

 


おそらくぎっくり腰だろうとのことでさらしのようなものを巻いてもらってとりあえず帰宅しました。

 


その日はそのまま安静にして過ごしましたが翌日、症状はさらにひどくなり立ち上がることさえ出来なくなりました。

 

 

 

 


これはヤバイやつだと思い、整形外科へ。

 

 

 

 


腰の筋肉が断裂しているかも、、とのことで腰に直接ブロック注射を打ってもらって痛みを和らげてもらいました。

 

 

 

 


それでも自力で歩行することは困難なので、有給休暇を申請し寝たきりの生活がはじまりました。

 


まず、自力でトイレにいけません。

 


家族に尿瓶を買ってきてもらって小はなんとかなりました。

 


問題は大のほう。

 

 

 

 


初日は痛みの方が大きくて幸い便意をもようすことは無かったのですが、さすがに2日目はね。。。

 

 

 

 


意を決していざトイレへ!!!

 

 

 

 


ほふく前進(うつ伏せに寝たまま腕の力だけで前進するやつです)でトイレ前までなんとか到着。

 

 

 

 


トイレ前に椅子を置いてもらって椅子に手をかけて腕の力で立ち上がりなんとか便器に着座。

 

 

 

 


用をたし、逆の行程でベッドへ帰還します。

 

 

 

 


ある意味命懸け(笑)

 


この一連の行動に約15分かかります。

 


日常生活が困難な状態です。

 

 

 

きつかったな、、、

 

 

 

 


とはいっても、3日も安静にしていれば歩けるようになるだろうとタカをくくっておりました。

 

 

 

 


とんでもない、、、

 

 

 

 


結局、3週間仕事を休むこととなりました。

 


相当、重症だったみたいです。

 

 

 

 

 

 

次回は、なぜ、突然こんな重症なぎっくり腰になったのか??

を考察していきます。

 

 

読んでいただきありがとうございます。

 

 

はじめまして。

はじめまして、元公務員の個人事業主男子の龍太郎です。

このブログは、僕、龍太郎がパニック障害、鬱をどうやって克服したのか?

そして、なぜ人間はパニック障害鬱状態になるのか?

健全に生きるための在り方、生き方、、、など、皆さんがこの激動の時代を生きるためのヒントになることをお伝えするブログです。

 

昭和、平成、令和

家庭用パソコンやスマホ、インターネットもない時代、自分の身近なところからの情報しか無かったアナログ時代を一生懸命、真面目に生きてきたのに突如として変わる社会の価値観やニーズに戸惑い、やることなすことうまくいかなくて

『なんやねん、このオレ(私)のこの人生は!!!!』

って感じている方も多いと思います。

 

 

 そんな「生き方」「在り方」に迷われている多くの現代人に少しでもお役にたつお話しや情報を発信できたらと思っていますのでよろしくお願いいたします。

 

てなわけで、今日はこの辺で~。